初めてのフォーミュラマシン
高いスピード域に感じた、楽しさと難しさ

2025年にフォーミュラへと生まれ変わったKYOJO CUP。その舞台で、2026年、いというりな選手は新たな挑戦を始める。
これまでKYOJO CUPをはじめ、さまざまなカテゴリーで経験を重ねてきたいとう選手にとっても、フォーミュラマシンはまだ未知の存在だ。初めて乗ったのは、2025年末のトライアウト。率直な感想を聞くと、いとう選手は少し考えながら、こう答えた。
「本当に乗ったことのないマシンなので、まだまだですね。でも、乗ってみて楽しいなとは思いました」
一方で、難しさも感じている。これまで乗ってきた車両とは乗り方が違い、フォーミュラ特有のダウンフォースも、まだ自分のものにはできていない。
「ダウンフォースとかは感じたことがないので、それがどんな感じなのか分からない。それを使えないと速くはなれないんだろうな、というところが難しそうだなと思います」
特に印象に残ったのは、これまでのマシンとは異なるスピード域だった。
「スピード域が高いので、そこはすごく好きです。気持ちいいなっていうのはあります。まだ出せていないですけど、もっと出せたらもっと気持ちいいんだろうなという感じはしました」
長くレースを続けてきたいとう選手だからこそ、そこには不安だけでなく、確かな楽しさがある。
女性だけの戦いだから見えた悔しさ
KYOJO CUPは、自分のレベルを知る場所

いとう選手は、KYOJO CUPを長く戦ってきたひとりだ。男性ドライバーの中で走ってきた経験もある彼女にとって、女性だけで競うKYOJO CUPは、自分の現在地をよりはっきりと映し出す場所でもある。
「それまでは男性の中で戦ってきていたので、女性だけになって、力の違いが明確に見えるようになりました。男子の中だと分からないじゃないですか。でも同じ女性として戦って、みんなの方が速いなとか、そういうところが見えたのが変化でした」
それは、安心感ではなく、むしろ悔しさにつながった。
「成長というより、悔しいなという気持ちが強くなりました」
KYOJO CUPはいとう選手にとって、どんな存在なのか。返ってきた言葉は、とてもシンプルだった。
「女子だけの戦いの場なので、自分のレベルも知ることができるし、そのガチンコ勝負というところが面白いなと思っています」
女性だけのレースであることは、決して“やさしい”ことを意味しない。同じ舞台で、同じ条件で戦うからこそ、相手の速さも、自分に足りないものも、まっすぐに見えてくる。
だから悔しい。
だから面白い。
いとう選手にとってKYOJO CUPは、自分を試し続ける場所なのだ。
レースクイーンからドライバーへ
「そっちの世界に行きたい」と思った日

いとう選手がモータースポーツと出会ったきっかけは、レースクイーンの仕事だった。
それまで、モータースポーツは身近なものではなかった。免許はマニュアルで取得していたものの、当時はペーパードライバー。むしろクルマに対しては、事故のニュースなどから「危ない乗り物」という印象すら持っていたという。
そんな見方を変えたのが、サーキットで見たドライバーの姿だった。
「お仕事でレースクイーンをやっていて、そこでモータースポーツというものを初めて知りました。その時にドライバーさんがかっこいいなと思って、レースクイーンよりそっちの世界に行きたいなと思ったのが、始めたきっかけです」
最初に乗ったのはカートだった。だが、まったくの初心者だったにもかかわらず、いとう選手は最初から攻める感覚を持っていたという。
「一番最初はカートに乗ったんですけど、その時から結構攻めの走りでいくことができました。多分ベースに、自転車で飛ばしたりするのが好きだったということがあるのかもしれません」
高校時代、自転車通学の坂道で「どれだけ全開で下れるか」を楽しんでいた。スピードを出すことが好きだった。ただし、それは人に任せるスピードではない。
「自ら出すのが好きなんです」
ジェットコースターより、自分でアクセルを踏む方がいい。カートに出会った時、加速感を「気持ちいい」と感じた。その感覚が、いとう選手を走る側へと導いた。
今では長距離運転も日常だ。四国まで走り、青森の八戸まで行き、そこからフェリーで北海道へ向かうこともあるという。富士から鈴鹿を「近い」と感じるほど、走ることは彼女の生活の一部になっている。
長くレースを続けてきたモチベーションを尋ねると、いとう選手はこう答えた。
「シンプルにただ走るのが好きなんですよね。本当に走るのが好きだから、いろんなカテゴリーに挑戦したいし、走れるチャンスがあったらやりたい。それで長くやってきています」
好きだから、続いてきた。
その言葉は飾らないぶん、強い。
普段は穏やか、でもレースでは戦闘モード
冷静さの中にみなぎる揺るぎない闘志

パドックでのいとう選手は、穏やかで落ち着いた印象を持つ。だが、レース中に自分らしさが出る瞬間を聞くと、少し意外な答えが返ってきた。
「接触とかがあったりすると、オラオラな自分が出てきます(笑)」
普段の姿からは想像しにくい言葉だ。けれどいとう選手は、それが本当の自分なのかもしれないと話す。
「普段は穏やかに暮らしているんですけど、攻撃されたりすると戦闘モードに入っちゃうので。本当はすごく“戦い系”の人なんですね」
一方で、自分の強みとして挙げるのは、感情的な激しさではなく、冷静さだ。
「焦らないというか、冷静でいられる。パニックになったりはしないので、そこが強いかなと思います」
負けん気はある。攻められれば、闘志も出る。けれど、基本的には落ち着いて状況を見ている。そのバランスが、いとう選手らしさなのかもしれない。
2026年のKYOJO CUPには、幼い頃からモータースポーツに取り組んできた若いドライバーも多く参戦する。いとう選手は、その中で戦えることを「光栄」と表現する。
「本当に上を目指している女の子たちが多いので、その中で一緒に戦えるのはすごく光栄です。いいバトルができたらいいなと思っています」
世代も経歴も違うドライバーたちが、同じグリッドに並ぶ。そこにも、KYOJO CUPの面白さがある。
静岡から、モータースポーツをもっと身近に
女性たちの本気の戦いを、次の憧れにつなげたい

2026年、いとう選手は富士山静岡レーシングの一員としてKYOJO CUPを戦う。
静岡を拠点とするチームで、静岡県内にある富士スピードウェイを舞台に走る。そのことにも、いとう選手は大きな意味を感じている。
「静岡を拠点としたレーシングチーム、富士山静岡レーシングとともにここ富士スピードウェイで戦うことができる。ここにも意義を感じています。静岡にこんなモータースポーツができるサーキットがあるんだよということをもっと広めていきたいです」
富士スピードウェイが身近にあっても、まだレースを生で見たことがない人は多い。チームの活動を通じて、テレビやメディアで目にする機会が増え、興味を持った人に実際にサーキットへ足を運んでほしい。いとう選手はそう考えている。
そして、もうひとつ伝えたいことがある。
「やはり、女性という側面です。頑張っている女性がたくさんいるんだよというのも知ってもらいたいです。モータースポーツは男性主体のイメージがあるので、こういう女性のレースがあることで、これからやってみたいなと思う女の子や子どもたちの憧れになれたらいいなと思います」
KYOJO CUPの見どころを聞くと、いとう選手は「女子たちの負けず嫌いな戦い」と答えた。
「コースを走る前はみんな可愛らしくしているので、それを見た後にバトルを見ると、本当にすごいなって。誰も引かないし、終わった後には心から悔しがっている。本当に真剣に戦っているんです。驚くような彼女たちのギャップと、その激しい戦いは、きっと現地に来ないと感じることができないと思います」
彼女たちの表情は目まぐるしく変わる。メイクの話で盛り上がっていたかと思えば、ヘルメットを被ればひとたび闘志の顔つき。レース後には、笑うものあり、泣くものあり。その本気の表情こそ、KYOJO CUPの魅力だ。
最後に、これからレースをやってみたいと思う女の子たちへ、いとう選手はまっすぐに言葉を送った。
「とにかく、やってみたいと思ったら挑戦してほしいです。どうしようかな、じゃなくて、ちょっとでもやってみたいと思ったんだったら、私に連絡してくれてもいいです。紹介もできますし、カートから始めることもできます。思うだけじゃなくて、思ったならすぐチャレンジしてほしいです」
走ることが好きだから、ここまで続けてきた。
女性だけのガチンコ勝負だから、自分の現在地を知ることができる。
新たなフォーミュラの舞台で、いとう選手はもう一度、自分自身を試す。
そしてその姿は、次に挑戦する誰かの背中を押すきっかけになる。