気づけば始まっていた2026年
まずは中段で戦える自分を目指して

山本選手は、KYOJO CUPの初期からシリーズを見てきたひとり。ロードスターカップから始まった自身のレースキャリアの中で、VITA、そしてフォーミュラへとステージを移してきた。
本業は弁護士だ。レーサーとしての顔を持ちながら、KYOJO CUPの選手たちが法的に守られる仕組みづくりにも目を向けてきた。チームとの契約書、スポンサーとのやり取り、ハラスメント対応——まだ学生のような若い選手が理解しきれていないことも多いこの世界で、山本選手は「起こりうるトラブルを未然に回避できる道筋を考えていきたい」と語ってきた。
走るだけではなく、女性ドライバーが安心してレースできる環境をつくること。それもまた、山本選手がKYOJO CUPに関わり続ける理由のひとつだ。
2026年シーズンを前にした現在の心境を聞くと、山本選手らしい率直な答えが返ってきた。
「冬の間にいろいろ準備しようと思っていたのに、特に何もしないまま今に至ってしまって、始まってしまったという感じです」
気負いすぎるわけでもなく、必要以上に自分を大きく見せるわけでもない。その自然体な語り口は、山本選手の魅力のひとつだ。
今季の目標も、いかにも山本選手らしい。
「中段ぐらいでは走れるようになりたいなと思います」
フォーミュラ初年度の昨シーズンについて聞いても、自分の成長を大げさには語らない。
「レースに関して言えば、そんなに目覚ましい成長があったとは思っていないんですけど、ちょっとずつ、一歩ずつかなという感じです」
ちょっとずつ、一歩ずつ。
その言葉の中に、山本選手らしい誠実さがある。
フォーミュラで失われた、かつての強み
ブレーキングをもう一度、自分のものにするために

KYOJO CUPがフォーミュラへ移行してから、山本選手は新しい課題に直面している。
VITA時代の山本選手には、ひとつの強みがあった。ブレーキングだ。富士スピードウェイでは、ブレーキで相手をパスできるポイントも多い。そこで強みを発揮できていた感覚があった。
だが、フォーミュラでは同じようにはいかない。
「今のKYOJOのマシンだと、ダウンフォースを使ってブレーキをかけるみたいなところがあるので、それがなかなかうまくできなくて。左足ブレーキになったのもありますし、ブレーキングがとてつもなく下手になったなという感じはあります」
それは単なる苦手意識ではない。これまで自分の武器だと思っていたものが、フォーミュラに乗ったことで一度リセットされたような感覚でもある。
「前はブレーキがわりと奥まで行けたので、それが強みだったんですけど、ダウンフォースを効かせて、というブレーキングが全然できない。そういう意味では、強みが失われた状態に今はいます」
自分の強みを生かすための技術を、もう一度作り直さなければならない。
その難しさを、山本選手は冷静に見つめている。
一方で、フォーミュラマシンそのものに対する魅力も感じている。自分が走っている時は見えないが、他の選手が走っている姿を見ると、やはり思う。
「フォーミュラマシン、かっこいいなと」
新しい難しさと、新しいかっこよさ。
山本選手の2026年は、その両方と向き合いながら進んでいく。
チームを喜ばせたい
支えてくれる人たちに、結果で応えるために

山本選手は、オートルックの一員としてKYOJO CUPを戦っている。
フォーミュラマシンになったことで、チームとしての負担も大きくなった。メインテナンスも大変になり、メカニックも複数人が関わる。だからこそ、山本選手は自分の結果に対して、より強い責任を感じている。
「フォーミュラになると、メインテナンスも大変ですし、メカニックの人たちが何人もついてやってくれるので、自分がパッとしない成績だと非常に申し訳ないなと思っています」
レースはドライバーひとりで成立するものではない。クルマを整え、送り出してくれる人がいる。走行のたびに見守ってくれる人がいる。だからこそ、結果で返したいという思いがある。
「メカニックを喜ばせたい。喜ぶような成績が取れたらいいなと思います」
印象に残っていることとして、山本選手はVITA時代の練習を振り返る。当時から、いずれフォーミュラに乗ることを見据えて、今こういうことを練習しているのだと言われていたという。
「まさか本当に乗るとは思わなかったKYOJO FORMULAのマシン。そこに乗ることになって、後から、あの練習はこのためだったんだと思いました」
振り返れば、過去の練習も今につながっていた。
そのつながりを、今度は結果へと変えていきたい。
KYOJO CUPが開いた、違う次元への扉
「女性が走る」ことの先入観を変えていく

山本選手にとって、KYOJO CUPはどんな存在なのか。
その答えには、長くシリーズを見てきた人だからこその視点があった。
「無意識的に、モータースポーツって男の人だけがやるものという先入観があって。その先入観があることすら気がつかないまま来ていたと思うんですよね」
山本選手は、女性ドライバーの側にもまた、先入観があったのではないかと語る。男性の中で戦っていることに誇りを持つ一方で、女性だけのシリーズに対して複雑な感情を抱く選手もいたはずだと。
KYOJO CUPが始まった当初には“女性だけ”というシリーズのあり方に賛否があり、しかし時間を重ねる中で「KYOJO CUPって面白いよね」という流れに変わってきたと振り返る。
そして今、KYOJO CUPは、これからレースを目指す女の子たちにとって、ひとつの道筋になり始めている。
「カートをやっている子とか、もっと小さい子とかも、自分もフォーミュラに乗ってみたいと思う環境がだんだんできてきたと思うんです」
それは、単に女性だけのレースが存在するということではない。
女性が走ること。女性が競うこと。女性がフォーミュラに乗ること。
その当たり前を少しずつ広げていくことだ。
山本選手は、KYOJO CUPをこう表現する。
「違う次元に、扉を開いてくれたレースなんだろうなという気がします」
「やっていいんだ」と思えるきっかけに
自分で限界を決めず、まずは走ってみる

山本選手がメッセージを届けたいのは、すでにレーサーを目指している人だけではない。
サーキットに来ても、自分が走る側になるとは思っていない人。夫や友人が走る姿を見ているだけの人。あるいは、自分の中に「走ってみたい」という気持ちがあることにすら、まだ気づいていない人。
山本選手は、そうした人たちにもKYOJO CUPが届いてほしいと考えている。
「走りたいなと思う自分にすら気づいていない人って、多分結構いると思うんですよ。そういう人たちがKYOJOのドライバーが走っているのを見て、“やっていいんだ”とか、“ずるいな”って思ってもらえるようなレースになればいいなと思います」
“ずるいな”と思うほど、心が動く。
自分も本当はやってみたかったのかもしれないと気づく。
その瞬間に、閉じ込めていた願望の蓋が少し開く。
「自分の心の中に蓋をして、奥底に閉じ込めていた願望みたいなものが、少し刺激されるようなレースになればいいなと思います」
年齢や経験を理由に、自分には無理だと思ってしまう人もいる。モータースポーツは小さい頃からカートをやっていないと始められない。若くなければいけない。男性でなければいけない。そんな思い込みが、一歩を止めていることもある。
けれど、山本選手は言う。
「やってみれば、つながっていくことってあると思うんです。いきなりレースは無理かもしれないけど、免許を取ってサーキットに来て、走ってみて。VITAでもいいし、フォーミュラでもいいし、ちょっと乗ってみる。その中でつながっていく部分があると思います」
最後に、自分らしく生きるために大切にしていることを尋ねると、山本選手はこう答えた。
「自分で限界を決めず、やってみようと思うことはとりあえずやってみる。それを常に大事にしています」
KYOJO CUPは、誰かにとって“走っていいんだ”と思える扉になる。
その扉の向こうで、山本選手自身もまた、新しいフォーミュラの難しさと向き合いながら、自分の限界を決めずに走り続ける。