彼女の素顔

INTERVIEW

Vol.18

Mrie Iwaoka

苦しかった一年の先に、羽を伸ばして走る
10年目の節目に、表彰台を目指すフォーミュラ挑戦

Mrie Iwaoka

苦しさの中で、最後に見えた希望




「去年はもう、苦しいの一言でした」 岩岡万梨恵選手は2025年のKYOJO CUPをそう振り返る。

VITAからフォーミュラカーへ。これまでの経験や感覚をそのまま生かせるわけではない新しいレース環境の中で、彼女は自分自身とも、クルマとも向き合い続けた。

「本当に苦しくて。いつも笑っていたはずなのに、眉間にしわばかり寄っていました」

箱車やローパワーの車両、そしてVITAで積み重ねてきた経験。それらは確かに岩岡選手の土台だった。だが、フォーミュラカーに乗ると、その考え方がまったく通用しない瞬間があった。

「今まで培ってきた自分の考え方が、全然通用しない。そのギャップで、『今まで私は何をやっていたんだろう』という気持ちになってしまって。ポジティブに変換するのが、なかなか難しかったです」

タイムや結果に気持ちが左右される。うまくいかないたびに、自分を責めてしまう。そんな時間が続いた。

だが、シーズンの途中で少しずつ見え方が変わっていく。きっかけのひとつは、第2戦だった。

「2戦目で、2位から13位ぐらいまでずっと連なってレースになったんです。自分ももう少しコツをつかんで頑張れば、あそこまでは行けるかもしれない。そういう希望を見いだしてから、ちょっとずつポジティブになれるようになりました」

最終戦では、目標のひとつだったシングルフィニッシュも達成した。本人は「ラッキーですけど」と謙遜するが、苦しみながらも逃げずに向き合い続けたからこそ、最後に届いた結果だった。


レース歴10年目に、夢だったフォーミュラへ




2026年、岩岡はレースキャリア10年目を迎える。

節目を前に、自分ができるようになったことをあらためて振り返ったという。最初はヒール&トゥもできなかった。免許を取って、何も知らないまま飛び込んだ世界だった。

「何も知らないまま入った世界で、違うレースですけど表彰台に上がることもできて、ずっと夢だったフォーミュラカーレースに出られるチャンスをもらえた。それはすごく嬉しいことだなと思っています」

フォーミュラカー自体に初めて乗ったのは、2020年頃。2戦だけ出場したことがあったという。

「その時は、首がもげるかと思いました。Gもあるし、ハンドルも重いし。でも、それに比べると今はがっつりハンドルを切れるようになっています。体力面も精神面も、強くなったと思います」

2025年にKYOJO CUPのフォーミュラカーに本格的に乗り始めた時も、身体への負担は大きかった。最初の合同テストでは、2日目の最後の走行で「腕がスカッと抜けるぐらい」きつかったという。

そこから岩岡は、自分なりに対策を始めた。

「去年は、もうヘロヘロでした。でも1年やって、レースウィークも普通に走れるようになりました。今年はもっと体力をつけようと思って、カートで1日200周チャレンジをしています」

夢だった舞台に立ったからこそ、そこで戦える自分へと変わろうとしている。


誰も我慢しないチームで、同じ方向を見る




岩岡選手はチームとの信頼関係を大切にしている。2024年はVITAで勝負を賭け、メカニックと本気で向き合いながら、チームづくりを突き詰めた一年でもあった。

フォーミュラカーで戦うようになった今、その思いはさらに強くなっている。

「誰も我慢せず、純粋に本気で意見が言えて、みんなが同じ方向を向いていることが一番大事だと思います」

岩岡選手が理想とするのは、ドライバーだけが頑張るチームではない。メカニックも、アドバイザーも、支えてくれる人たちも含めて、全員が同じ方向へ向かえるチームだ。

そのために、自分から関わることも大切にしている。

「なるべくお昼もみんなと一緒に食べたいんです。ピットで寒い中、食べてくれているのに、自分だけぬくぬくするのは嫌じゃないですか」

同じ場所で食事をし、雑談をし、お互いの性格を知る。
それは小さなことのようで、レースを一緒に戦ううえでは大切な土台になる。

「自分の性格も知ってほしいし、相手の性格も知りたいから」

フォーミュラは、ひとりでは戦えない。だからこそ岩岡は、人との関係からチームを強くしようとしている。


KYOJOがくれた、フォーミュラへの道




2026年のKYOJO CUPには、三浦 愛選手をはじめ、海外で経験を積んできたドライバーやF1 Academyに関わる選手たちも加わり、競争はさらに激しくなっていく。

年末には、その顔ぶれを前に少し不安もあったという。

「強者ばかり来て、どうしようかなって、ちょっとマイナスな方向にいきかけました」

だが、今はその状況を前向きに捉えている。

「すごいなと思っていた人と一緒に走れるのは、貴重な機会だと考えられています。いま話題のF1 Academyの子が来るぐらい注目を浴びているのも、すごく嬉しいことだって」

目標は、はっきりしている。

「表彰台に乗ります」

岩岡選手にとってKYOJO CUPは、夢だったフォーミュラカーへの道を開いてくれた場所でもある。かつてFIA-F4に出たいと思い、試行錯誤したことがあった。しかし資金面を含めたハードルは高く、フォーミュラの世界に入ることは簡単ではなかった。

だからこそ、KYOJO CUPがフォーミュラカーによるシリーズへと進化したことには大きな意味があった。

「KYOJOの事務局や関谷(正徳)さんが本当に頑張ってくださって、いろんな裾野にこういうチャンスを与えていただき、本当にありがたいなと思います」

モータースポーツは今も男性中心の世界だと感じることがある。女性であることが注目される一方で、ひとりのドライバーとして認められたいという思いもある。

「女性ドライバーが少ないから、貴重な女性だからと言われるのは悔しいです。女性ということだけが価値なのかなって。ドライバーとして、認めてもらいたい」

悔しさも、迷いもある。それでも、KYOJO CUPという舞台があるからこそ、岩岡選手は自分を試し、前に進むことができると語った。


レースで培った技術を、安全な社会へ繋げたい




岩岡選手が思い描く未来は、レースの中だけにとどまらない。

インストラクターとして、クルマの楽しさや安全に向き合う仕事にも強い思いがある。

「自分のクルマをハイスピードでコントロールできるようになったら、日常でも絶対に安全運転できます。一般の人にも、クルマって楽しいんだよということを伝えていきたいし、安全な世の中を作っていきたいです」

クルマの楽しさを伝えることと、より安全な社会をつくること。その両方をつなぐ存在になることも、岩岡選手が目指す未来のひとつだ。

未来のドライバーたちへメッセージを求めると、岩岡は自身の幼い頃の記憶をたどった。

小学生の頃、本当は器械体操でオリンピックを目指したかった。しかし「その年齢ではもう無理だ」と言われ、自分でもそう思い込んでしまったという。

「今考えると、それでもやりたいという熱意を伝えれば、強いチームに行けたかもしれないと思うんです。言いづらいとは思うけど、自分がやりたいと思った熱意を最初に伝えるのは恥ずかしいことじゃない。後悔しないために、思ったことをやったらいい」

そして今季、ファンに見てほしいものを聞くと、岩岡は少し考えてからこう答えた。

「去年は自信のなさから縮こまってしまったところがあったと思うんです。今年は羽を伸ばして、気持ちよく走っている姿を見てもらいたいです。ピットウォークでも、みんなで楽しめたら嬉しいです」

苦しかった一年があった。
それでも、最後に希望を見つけた。

レース歴10年目の節目に、夢だったフォーミュラで表彰台を目指す。

KYOJO CUPが開いた道の上で、岩岡万梨恵はいま、縮こまっていた羽をもう一度広げようとしている。